島田裕巳著「浄土真宗はなぜ日本でいちばん多いのか」(幻冬舎新書) を読んだ。
著者は誰もが知る宗教学者。
2012年発行なのでちょっと古い本だが、たまたま見つけたので。
この本のタイトルにある疑問について詳細に説明されているのかなと思ったのだが、
読み進めていっても、回答に当たる部分は結局「おわりに」にしか書いてなかった。
とは言え、
日本における仏教史、南都六宗から新宗教までの各宗派の流れや教義の違いについてコンパクトに記載されており、
全体の流れを把握するのに良かった気がする。
若干、「あれ?この言葉はなんだっけ」とか思って行ったり来たりする部分が(個人的には)あったりもしたが、
親鸞が流罪になったというのは疑問であるとか、「葬式仏教生みの親としての曹洞宗」(第7章)とか、「そうだったのか?」と思いつつ仏教を俯瞰できて興味深かった。「○○宗って誰が開祖だっけ」とか振り返りたい時に読み返すとよさそう。
ふだんは宗教とは無縁と思って過ごしながらも、冠婚葬祭のつど、そして街を歩いていて寺社のたたずまいに出会った時、
古(いにしえ)からつながれてきた、人の心を支えるための言葉や空気が、自分のまわりをとりまいていることを感じる瞬間があるように思う。
"ただ、あらゆるものがそのまま成仏しているということであるなら、改めて仏道修行をする必要もなければ、戒律も必要なく、さらには仏教の教えそのものさえ意味をなさないことになってしまう。それは無条件に現実を肯定することで、宗教そのものの存在意義を否定することにも結びついていく。現代の日本人が、「無宗教」を標榜する根底には、こうした天台本覚論の影響があるに違いない。"([第2章 仏教の総合大学、比叡山の天台宗]より引用)

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