recri (割引付き紹介リンク)のラインナップで紹介されていた、「ナルキッソスの怒り」。
どんな戯曲なのか全く知らなかったが(recriではいつものことだ)、
主演(というか一人芝居)が成河さん
演出が藤田俊太郎さん、
そしてこの作品の日本初上演
・・というのを見て「これは観なければならぬ」と決意(メロスっぽいな)。
学会やらゴールデンウィークやらという厳しいスケジュールの中の日程ではあったが、チケットを確保したのであった。
とは言え、
「オートフィクション」って・・どんなのだっけ・・
というレベルだったので(すみませんすみません)、一応予習として原作を読んでおくことに。
ちなみに「オートフィクション」とは、auto+fiction、すなわち作者自身を主人公とする自伝のようでありながら、そこにフィクション(創作)が入るという形式。作者自身という現実とフィクションという虚構が入り混じり、なにか真実を見ているようでいながら騙されているという感覚を味わえる(かもしれない)。
「ナルキッソスの怒り」セルヒオ・ブランコ作、仮屋浩子訳、北隆館
・・・・ということで読んでみたのであるが、
・・・・・
圧巻。というか圧倒。
これ、上演できるんでしょうか・・・
圧倒的18禁では・・・・・・
と思いつつ、
しかしこの世界観が上質な演劇で展開されるのであれば、かならずリアルで観たいと改めて思った。
「ナルキッソス」は、もちろんあのギリシャ神話のナルキッソス。
この作品では、研究者としてのナルキッソスやギリシア文学に関する考察、「自己性と他者性との曖昧なゲーム」(本文より)を底流としながら、
そこに現代ネット社会の現実、性、暴力、その他社会の問題を散りばめ、
読後には「自分とは何か、自分を映す鏡とは何なのか」という感覚の中、自らがどこかに浮遊していったかのような感覚に陥る・・と思う。
主演の成河さんも、公演HPで
”初めて戯曲を読んだ時は真剣に断ろうと思ったくらい「上演」そのものが困難に思えた作品でした”、”ぜひネタバレ厳禁で”と話している。
ということで、
あとは当日、どんな体験ができるのか、ちょっと怖い気もするがわくわくしながら待つことにする。
ここまでは観劇前(3月)に記載。
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そして4月。
ついに観劇。
東京芸術劇場シアターウエスト。
・・・
いや、すごいものを観た。
観終わって、言葉がなかった。
すごいとしか言いようがない。
二重三重のオートフィクションを仕掛けられた、満席の観客。
成河さん、舞台の上で、いや下でも、
いったいどれだけの人格を行き来し、そこに"現れて"いたのか。
まさに演劇の力。
そして
バッハの無伴奏チェロ組曲が、これほどに物語を効果的に彩るとは。
何か観ている側も、生き、痛みを感じ、そして収束するような。
ストーリーは原作通りなのに、演出ごとに、舞台ごとに変わるであろう不思議な展開と息遣いをを、全身に浴びた2時間であった。

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