ありがたいことにお誘いをいただいたので、仕事帰りに三菱一号館美術館へ。
現在展示されているのは、
江戸から明治へ。
時代の流れの中で移り変わる社会、風俗、
浮世絵版画から新版画へ、あるいは写真による世相の記録を。
今回の展示は
「清親から吉田博・川瀬巴水に至る風景版画の流れを、スミソニアン国立アジア美術館のミュラー・コレクションによって辿ります」(展覧会チラシ文面より)という企画。
「トワイライトとニューライト」(公式図録より)を一同に展示するものである。
スミソニアン所蔵の作品に加え、当時の写真と、美術館所蔵の版画を加え、作品リストは150点にのぼる。
今回展示されていた数多くの作品を見ていて、
「おかえりなさい」
と思わずにはおられなかった。
ワシントンにあった、我々の中にある遠い記憶が、こうして東京の真ん中に帰ってきている。
浮世絵の流れは衰退、しかしそれに代わって人気を得た、
わかりやすい構図、どこか淡く、日の流れや時間のうつろいを感じさせる色彩、
そしてそこに生きているありありとした江戸、日本の風景。
セットされた時代劇ではなく、
そこに家族と暮らし、大雨や火災、格差や貧困もありつつ、文明開花が少しずつ目の前のもののかたちを変えていく中で日常を過ごしていた、少し前の時代の人々の姿と、それを照らしだす光。
特に東京で生まれ育った我々は、
「上野、こんな眺めだったのか」「銀座はこんなだったのか!」など、小さな絵ひとつひとつに思わず足を止めて見入ってしまうであろう。
写真と版画、それがともに影響しあいながらそれぞれに画面を作り、それぞれに表現を高めていった様子がわかる。
私も、見ていてなんとなく手元に「昔の東京の眺め」を置きたくなり、珍しく図録を購入してしまった(A5版で小さいので持ち運びが楽だった)。
はっきりした四季があった頃の日本。
皆貧しく、平均寿命は(今より)短く、人力車で移動していた時代。
しかし版画で、写真で、芸術としても記録としても貴重な資料を置いて行ってくれた先人たちのまなざし、そしてそこにあるやわらかな光は、ずっと前を、先の時代に生きていく子孫たちをも包んでいることであろう。
ありがとうございました。
5月24日まで。




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