2026年2月22日日曜日

「夜と霧」新版@みすず書房

フランクル「夜と霧」新版(池田香代子訳, みすず書房)(Amazonリンク)を読んだ。

フランクルによる原著 "Ein Psychologe erlebt das Konzentrationslager" の日本語版は、

霜山徳爾氏による翻訳が1956年に発刊、1977年に改訂版、その後新装版となって今なお読み継がれているが、今回読んだのは2002年の池田氏による新訳版。

原著の改訂に加え、より読みやすく、現代的な内容も取り入れての翻訳になっているようだ。なお、タイトルは”先行訳に敬意を表して”(訳者あとがきより引用)「夜と霧」が踏襲されている。


アウシュヴィッツ収容所。


原著のタイトル"Ein Psychologe erlebt das Konzentrationslager"は、

"心理学者、強制収容所を体験する"

という意味である。


後世に生きる我々は、アウシュヴィッツで、そして他の絶滅収容所で、人間がほかの人間に対してどのようなことを行なったのか(もしくは行なわされたのか)を、目を背けたくなるような数々の知見から、知っている。

そして、多くの証拠からかいまみえる悲惨な状況の中を、それでも高い精神性を持ってヒトが生き抜くなど不可能であろうと、悲嘆と同情をもっておおむね確信しているように思う。

ここに書き出されているような凄惨な体験、

---ほんの少し例を挙げるだけでも、家族と引き離されてお互いに生死もわからず、しかし収容後に得られる情報から"ガス室"の状況はわかっており、配給されたりされなかったりする食料、例えばひとかけらのパンをかじり、水に近いスープをすすりながら飢えに耐え、凍傷で痛む足をひきずりながら真冬の屋外での過酷な労働を余儀なくされ、病に倒れても土の上に転がされて薬もなく--

を少しでも知っていればそれは当然の帰結だ。


しかし、

その中にあっても生きることの意味を探し、

一緒に苦しみにあえいでいる被収容者の精神を保たせようとする、心理学者・精神医学者、そして医師である著者のありようは、

底知れぬ残虐さの中にも人間の崇高な魂は(身体の生死を問わず)存在できるのだという、たった一筋の、しかし途方もなく尊い希望を、読者に与え続けている。


"わたしたちにとって生きる意味とは、死もまた含む全体としての生きることの意味であって、「生きること」の意味だけに限定されない、苦しむことと死ぬことの意味にも裏づけされた、相対的な生きることの意味だった。"(本書より引用)







[商品価格に関しましては、リンクが作成された時点と現時点で情報が変更されている場合がございます。]

夜と霧[新版] [ ヴィクトール・E・フランクル ]
価格:1,870円(税込、送料無料) (2026/2/23時点)


0 件のコメント:

コメントを投稿

人気の記事