先日、バーナード・ショーの「ピグマリオン」に関連した紀伊國屋のオンラインイベントのトークで、イプセンの「人形の家」が取り上げられていたので、改めて戯曲を読んでみた。
矢崎源九郎さんによる訳。ちょっと古い言葉遣いではあるが、今も読まれている一冊。
1879年に書かれた3幕の戯曲。
演劇として観たことは私はこれまでないけれども、この作品はあちこちで教材などとしても使われているようだし、あらすじは良く知られている。
弁護士の妻として、子供にも恵まれ、裕福な暮らしをしている主人公ノラ。
しかし実は過去に秘密があり・・
・・最後には、夫も子供も捨てて家を出て行く。
というもの。
当時の社会からすれば、相当に衝撃的な内容であったはず。
新潮文庫の、訳者による解説では以下のように説明されている。
”当時この戯曲は世界的な反響を呼び、さまざまな論議をひき起こしたものである。もちろん婦人解放論のごときは今日からみればもはや陳腐の問題であり、事実その問題文学の多くはすでに色褪せてしまっているが、ひとり『人形の家』のみは、そこにみられる隙間のないほどの演劇技巧と清新かつ精錬された写実的な対話とによって今なお光を失ってはいないのである。”
以上引用(注:この文庫の初版は、奥付によれば昭和28年)
いわゆる「婦人解放」運動について、読んだ人をはっとさせる(行動させたかどうかはわからないが)ことは間違いないであろう。結末に賛否両論があったというのも当然に思える。
言葉は悪いが、”愛玩される”存在から、自立へ向かう女性の物語。
とは言え、
そこから年月を経た今の時代に読めば、「はっとする」ということではもはやないだろう。
多くの女性が経済的・社会的に自立しており、女中や乳母なども(多分大多数には)いない生活。
ノラのような女性たちの、多くの涙や努力を経て、
我々はまがりなりにも、例えば女性が国のトップになる時代を生きている。
「自立」「自分への教育」は、男女問わず、そして年齢を重ねても、引き続き求めていかなければならない課題になっているように思える。
個人的には、
最初読んだ時は「子どもたちを捨てるって何それ?」と、頭の中に「!!???」が回ってしまった。もう一度読んでみると、セリフの中に散りばめられた伏線や意図が少しずつ読みとれ、階層になっているこの物語が名作として読み継がれているのがわかる気がした。
しかし実はここだけの話、
読み始めて最初に目に入る第1幕冒頭、舞台の描写;
"居心地良く、趣味ゆたかに、しかし贅沢でなくしつらえられた部屋"
という一文に
ずどーん!!!
としたのだった・・・
どうして!!自分は!!!そういう暮らしができていないのか!!!
部屋をもう少し片付けよう自分!!!
・・・という、文学とは何の関係もないところで(汗

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