すごいものを観た。
新宿のミラノ座で、「リア王」。
主演は大竹しのぶ。
そう、大竹しのぶが、シェイクスピアの「リア」を演じるのである。
フィリップ・ブリーンによる「再翻訳版」の新演出。
そして共演者の錚々たる布陣!
これは行くしかないではないか!
ということで早速チケット確保に動いていた私。
無事にチケットを取れて、いよいよ開幕。
「宮沢りえがゴネリル?」というのには、何というかとても(演技者として)フィットするものを感じて、
このメンバーでどんな「リア王」が展開されるのかと、興味と期待とを持って観劇したのであるが、
・・・良かった!
隅から隅まで、ベテランから若手まで、そして舞台上を自在に動いて芝居を動かすミュージシャンの皆様まで、素晴らしかった。
現代に翻訳されてはいるが、正しくシェイクスピアの戯曲であった。
それだけ、シェイクスピアによる悲劇に対する共感は普遍的ということなのかと。
大竹しのぶはまさに老境の孤独な王であったし、
宮沢りえは、高齢で認知症の症状が出てきている父の対応に苦慮する長女であったし。
昨年のKAATでの「リア王の悲劇」ではエドガーが女性に再設定されていたが、今回はエドマンド(成田凌)もエドガー(鈴鹿央士)も原作通り男性が演じていて、やはりその方が戦闘の場面などはしっくりくるものがあったし、お二人とも説得力のある演技で、生ききっていた。
大竹しのぶがリア王を演じるということについて、どのように解釈したらいいのか、否、解釈した方がいいのかどうか、正直私では分かり切っていないと思う。
ただ、小さな身体の女性が演じる「リア王」は、狂気をまとって小さくなっていく権力者、というものを体現しているようにも思えた。
なんとなくオフィーリアにも通じるものがあるのかとすら。
それにしても、嵐の場面で、本当にざーざーと長時間、舞台に雨が(水が)降ってくるのは、聞いてはいたが「風邪ひかないですか・・」と心配になる(職業病)レベルであった。
今回は1階後方であったが、ミラノ座の座席は、段差もあり千鳥にもなっていてわりと見やすかった。
ただ、東急歌舞伎町タワーの入り口からのアクセスはいまいち。
直通のエスカレーターはない上(途中で乗り換えが必要)、そもそもエスカレーターに乗れる人数が少ないため、退場時には規制退場になり(私は非常階段?を6階から下っていったけれども、足が悪い人などでは無理だし)、退場に時間がかかりそう。
会場内にバーはあるけれども、基本的には休憩時はスタンディングになる。私もそうだが、何か食べ物を持ち込んでラウンジで立って食べている人がわりといた。
あと、歌舞伎町タワーの中を通るので、例の歌舞伎横丁とかナムコとかの横を通ることに。
ということで、個人的には、
劇場としては観劇の余韻を感じにくいかなという印象。
(文中、敬称略です。すみません)

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