医師会でお世話になっている糖尿病専門医・指導医のF先生から、興味深い文献をご教示いただいたのでご紹介。
論文は2021年、順天堂大学の研究チームから発表されたもので、日本人若年女性を対象とした研究である。
タイトルは”若年低体重日本人女性における耐糖能障害の有病率と特徴”(私による試訳)
Sato M, et al. Prevalence and Features of Impaired Glucose Tolerance in Young Underweight Japanese Women. J Clin Endocrinol Metab. 2021, 106(5):e2053-e2062.
[PubMed] Prevalence and Features of Impaired Glucose Tolerance in Young Underweight Japanese Women
肥満と糖尿病(を含む代謝異常・メタボリックシンドローム)との関連は広く知られているけれども、
やせ、特に今の日本で多くなっているやせた女性と糖代謝異常(血糖値の異常)との関連については、あまり知られていない。
ということで今回の研究は、
標準体重(BMI 18.5i以上23未満)56名、低体重(BMI 16.0以上18.5未満)98名の、それぞれ健康な女性(18-29歳)を被験者として、糖代謝異常について調査したもの。
[なお本研究では、もともと糖尿病や高血圧、脂質異常症などの疾患のある人、代謝に影響しそうな薬やサプリメントを飲んでいる人、摂食障害が疑われる人などは被験者から除外されている]
研究方法(概略)は横断研究であり、上記の女性を対象として以下の測定や検査がなされている(2018-2019)。
まずは朝。前夜から絶食した空腹の状態(ちなみに被験者の月経周期もある程度揃えたとのこと)で体組成(inBody使用)と骨密度(DEXA使用)を測定。
15分以上安静にしてから採血を行い、糖負荷試験※を実施。
[※糖負荷試験(75gOGTT)とは、所定の量(75g)の糖が入った液を飲んでもらい(糖負荷)、その前後で採血採尿をして、血糖値や尿糖、それにインスリンの反応などを調べる検査である。糖尿病の診断の際に行われる]
さらに
・質問票を用いた食事と身体活動量の調査(BDHQとIPAQ)。
・握力(筋力)測定
・エルゴメータを使っての最高酸素摂取量(Peak VO2)の測定=運動耐容能、いわゆる体力評価
という、まさにフルコースの実験。これだけの設備があって一度に測定できる施設は順天堂の他にはなかなかないように思う。
なお、「耐糖能異常(IGT) 」はOGTT 2時間値>=140mg/dLと定義されている。
その結果(主な結果のみ):
1)やせた(低体重)女性と標準体重の女性との比較
低体重グループと標準体重グループと比べると、
もちろん体重は異なっているが、血圧、体組成、コレステロール・中性脂肪は両者で変わりなし。
しかし低体重女性のグループでは筋肉量が少なく(lean body mass 標準体重女性 38.4±4.5 kg 低体重女性 33.8±2.9 kg, p<0.001)
糖を負荷したあと60分〜120分後の血糖値(平均値)がやや高く、
そして、
いわゆる「耐糖能異常」(血糖値が正常よりは高いが、糖尿病と診断される数値には至っていない状態。いわば糖尿病の前段階)になっている割合が、標準体重のグループより有意に多かった(標準体重の人では56人中1人(1.8%)に対し、低体重では98人中13人(13.3%)(p=0.016)。
また、質問票を使った調査では、低体重女性では1日の身体活動レベルが低く(標準体重女性 42.7 ±45.7 MET hours/week, 低体重女性 32,8 ±44.7 MET hours/week, p=0.025)、1日のエネルギー摂取量も少なかった(標準体重女性 1,589±461 kcal, 低体重女性 1,333 ±504 kcal, p=0.046)。このことを論文著者のグループでは「エネルギー低回転タイプ」としている
[リンク:順天堂サイト] 食後高血糖となる耐糖能異常が痩せた若年女性に多いことが明らかに ~ 痩せていても肥満者と同様の体質 ~★
なお、摂取しているタンパク質・脂質・炭水化物の比率(推定)は両者で変わりなかった。
2)低体重女性のうち、耐糖能異常があったグループと、糖代謝が正常であったグループとの比較:
体組成には両者で大きな違いはなかった。
また、1日の身体活動レベル(糖代謝正常女性 34,7 ±47,8 MET hours/week, 糖代謝異常女性 23,2 ±20.3 MET hours/week, p=0.805)やエネルギー摂取量(糖代謝正常女性 1,369±518 kcal, 糖代謝異常女性 1,152 ±376 kcal, p=0.197)も変わりなし。
しかし糖代謝異常のあったグループでは糖代謝正常グループに比べ、インスリン分泌能(insulinogenic index)や(p=0.044)、運動耐容能(体力)が低く(p=0.034)、一方、空腹時血糖などに加え血液中の遊離脂肪酸が高かった(p=0.001)。
[この遊離脂肪酸について上記の記事★中で研究グループは、
"脂肪組織から遊離脂肪酸が溢れ出て、全身にばら撒かれている状態(脂肪組織インスリン抵抗性とリピッドスピルオーバー"
と解説している]
食事摂取については、全エネルギー(カロリー)は両グループで違いはないものの、糖代謝異常グループでは全カロリーに占める脂質の割合が高く、炭水化物が少なかった。
ということでまとめると、
日本人の若年女性では、標準体重の人と比べ、低体重女性ではカロリー摂取や身体活動量が少なかった。そして、標準的な体重の人よりも低体重の人の方が、糖代謝異常をもっている率が高かった。
それはおそらく、インスリン分泌が低下していること、体組織におけるインスリン感受性が落ちていることなどが関係していそうだ、
という報告であった。
つまり、低体重若年女子でも、いわゆるメタボの人にみられるようなインスリン抵抗性が起こりうるということ。
「とにかくやせたい」という女子は多いが、
「やせた方がキレイ、かわいい、イケてる」という考えは、一部の健康状態に影響をもたらす可能性があるということが、今回の報告からも示されたわけである。
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近年、と言ってももうだいぶ経つと思うが、日本人若年女性の低体重が増えており、
その要因の一部は、マスコミやSNS、インフルエンザーなどによる、やせている子がカワイイ・イケてる と解釈できる表現にもあるように思う(シンデレラ体重とか)。
健診などでも、BMIがかなり低い女性(20代に限らず)がときどき(いやわりと)いらっしゃり、医療者としては将来の代謝疾患とかロコモ、というより今起こっている貧血や低栄養が心配になるのだが、ご本人はそれで良いと思われている様子だったり。
さらに最近、健康で太ってもいないのに、自費診療の「メディカルダイエット」とか何とかで何か薬を買って使っている人も見かける(その結果、健診で何か異常値が判明する人もいる)。
健康な人が、糖尿病の人のために設計された薬で、人為的にホルモンバランスを変えることの長期的な影響は、わからない。そして何か有害事象があってもそれは保険ではカバーされない。そうわかっていても"やせたい"気持ちが強いのだろうか。
努力すれば数値に表れる「やせる」行為は、はまりやすい。しかし"はまった"結果、自分の健康を削っていることもあるということを知っておいてほしいと思う。
参考:だいぶ前にこのブログで書いた「やせ」に関する記事
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今回の論文は貴重なデータであり、マスコミにも取り上げられている(いた)ので、皆様読んでいただければと思います。
ちなみに読んでいて個人的にとまどった点は、
・本文中でfasting glucose level >= 110が"fasting glucose tolerance"と定義されているが、impaired fasting glucose/glycemia (Tableではそうなっている)または fasting hyperglycemiaではないのか?
・本文中でOGTT1時間値>155mg/dLを超える比率について言及されているが、そのraw dataがTable 1に見当たらない? 多分私が見落としているので、気付いた方は教えて下さい。
ともあれ、
被験者を生活習慣で層別化したらどうだったのだろうか。長期予後はどうなのか。妊娠糖尿病との関連はあるのか。など、多分その後も続報や関連論文が出ていると思うので、今後チェックしていきたいと思う。
F先生、ありがとうございました!!
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